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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(オ)1194号 判決

上告人

株式会社岡島ビルヂング

右代表者代表取締役

岡島正典

右訴訟代理人弁護士

三神武男

被上告人

日本信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

馬場正明

右訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人三神武男の上告理由について

一原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  昭和三八年、岡島順一はその所有する第一審判決添付物件目録記載1、2の不動産を、また上告人はその所有する同目録記載3ないし11の不動産を、いずれも日本開発工業株式会社(後に日本開発建設株式会社に商号変更。以下「日本開発」という。)に対し、譲渡担保契約に基づきその所有権を移転してその旨の登記を経由した上、右各不動産(以下併せて「品川物件」という。)の管理を委託した。その後、同三九年、岡島及び上告人は、日本開発に対し、品川物件の右所有権移転登記の抹消登記手続及び同物件の返還を求めて訴え(東京地方裁判所同三九年(ワ)第三四三七号事件)を提起した。ところが、右訴訟の係属中、日本開発が破産宣告を受けたため、田口正英がその破産管財人に選任されて右訴訟を承継した。

2  同破産管財人は、昭和四四年、第一綜合株式会社(同五〇年に株式会社国際技研に商号変更。以下「国際技研」という。)に対し、日本開発が右破産宣告前にした品川物件の譲渡を否認し、その所有権移転登記につき否認の登記手続を求める訴え(東京地方裁判所同四四年(ワ)第六四三〇号事件)を提起して、これに勝訴し、同四九年七月二二日、同事件の確定判決を登記原因として右物件につき否認の登記を経由した。その後、前記1の同三九年(ワ)第三四三七号事件について、同五一年一二月二四日、岡島及び上告人と同破産管財人との間で、品川物件の所有権をすべて上告人に移転する旨の訴訟上の和解が成立し、同五二年六月二九日、その旨の所有権移転登記が経由された。

3  ところで、国際技研は、前記2の昭和四四年(ワ)第六四三〇号事件の判決確定前であっていまだ品川物件の所有名義を有していた同四七年九月六日、被上告人に対する二億二〇〇〇万円の債務を担保するため同物件に抵当権(以下「本件抵当権」という。)を設定し、同時に自己の所有する第一審判決添付物件目録記載12、13の物件(以下「渋谷物件」という。)及び同目録記載14、15の物件(以下「天沼物件」という。)をも前記債務の共同担保として提供してこれに抵当権を設定し、いずれもその旨の登記を経由した。しかるに、被上告人は、前記否認権の行使により品川物件の所有権が日本開発に帰属した後の同五一年一二月二一日、渋谷物件に対して有していた前記抵当権を放棄した。なお、同破産管財人は、同四九年、被上告人を相手に品川物件に対する本件抵当権の設定を否認し、同設定登記につき否認の登記手続を求める旨の訴えを提起したが、同訴訟で同破産管財人の敗訴の判決が確定した。

4  被上告人は、昭和五三年、上告人が所有権を取得した品川物件及び国際技研が所有する天沼物件について競売を申し立て、執行裁判所は、同五五年三月二四日、その競売手続において、被上告人に対し品川物件の競売代金から三四五四万三一八一円を交付し、物件所有者であった上告人に対し剰余金として二六五九万九五五九円を交付した。

二原審は、右事実関係の下において、上告人の被上告人に対する主位的請求、すなわち、渋谷物件の昭和五一年一二月当時の価格が一億四〇〇〇万円であるのに、被上告人が同物件に対する抵当権を放棄した結果、上告人は同物件に対する抵当権に法定代位することができなくなり、そのため代位による償還が受けられなくなった限度で責任を免れた(民法五〇四条)ものであるにもかかわらず、被上告人が品川物件の競売代金から三四五四万三一八一円の交付を受けたのは、法律上の原因なくして不当にこれを利得したものであるから、右同額の金員の返還を求める旨の不当利得返還請求は、次の理由によりこれを破棄すべきであるとした。

1  品川物件に対する抵当権は、上告人が自己所有の物件について設定したものではなく、国際技研がその所有する物件について自己の被上告人に対する債務の担保のために設定したものである。上告人の立場は、他人がその債務の担保として自己所有の不動産につき抵当権を設定したその目的不動産の第三取得者に当たるというべきである。

2  民法五〇四条の規定は、同法五〇〇条所定の法定代位権者がある場合において、債権者の故意又は懈怠による担保の喪失又は減少により法定代位権者が償還を受けられなくなり、その当時法定代位権者が有していた代位により得られるべき利益を害されることになったときに、償還が受けられなくなった限度でその責任を免れることとして、法定代位権者を保護することを目的として設けられたものであるところ、抵当不動産の第三取得者は、取得前の債権者の担保権の喪失又は減少については、これにより何ら右のような利益を害されるものではないから、右規定に基づく免責を主張することはできないものと解すべきである。

3  上告人は、被上告人が渋谷物件の抵当権を放棄した後に共同担保の抵当不動産である品川物件の所有権を取得したものであるから、被上告人に対し、前記規定による免責を主張することができない。

三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

債務者所有の抵当不動産(以下「甲不動産」という。)と右債務者から所有権の移転を受けた第三取得者の抵当不動産(以下「乙不動産」という。)とが共同抵当の関係にある場合において、債権者が甲不動産に設定された抵当権を放棄するなど故意又は懈怠によりその担保を喪失又は減少したときは、右第三取得者はもとより乙不動産のその後の譲受人も債権者に対して民法五〇四条に規定する免責の効果を主張することができるものと解するのが相当である。すなわち、民法五〇四条は、債権者が担保保存義務に違反した場合に法定代位権者の責任が減少することを規定するものであるところ、抵当不動産の第三取得者は、債権者に対し、同人が抵当権をもって把握した右不動産の交換価値の限度において責任を負担するものにすぎないから、債権者が故意又は懈怠により担保を喪失又は減少したときは、同条の規定により、右担保の喪失又は減少によって償還を受けることができなくなった金額の限度において抵当不動産によって負担すべき右責任の全部又は一部は当然に消滅するものである。そして、その後更に右不動産が第三者に譲渡された場合においても、右責任消滅の効果は影響を受けるものではない。

これを本件についてみるに、日本開発は、品川物件につき確定判決を登記原因として前記否認の登記を経由した結果、抵当不動産の第三取得となったものであるところ、被上告人が昭和五一年一二月二一日、品川物件と共同担保の関係にある渋谷物件の抵当権を放棄した結果、これによって、日本開発は本件抵当権につき渋谷物件から償還を受けることができなくなった金額の限度においてその責めを免れたことになり、その後右免責の効果の生じた品川物件を取得した上告人も、被上告人に対し、右免責の効果を主張することができることになる。したがって、被上告人が、前記競売手続において、品川物件の競売代金から、右免責により減縮された責任の額を超えて金員の交付を受けた場合においては、被上告人は法律上の原因なくして右金員を不当に利得したことになる。

してみると、これと異なり、上告人は被上告人に対し右免責の効果を主張することができないとした原審の判断は、民法五〇四条の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そこで、右免責の額等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よって、民訴法四〇九条一項に従い、裁判官坂上壽夫の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官坂上壽夫の意見は、次のとおりである。

私は、多数意見の結論には賛成するが、その結論に至る説示には同調することができない。その理由は、次のとおりである。

債権者が故意又は懈怠により共同担保の目的たる不動産(甲不動産)に設定された抵当権を放棄するなど民法五〇四条に規定する担保の喪失又は減少の事実があったときは、これによって償還を受けることができなくなった金額の限度において、残余の抵当不動産(乙不動産)によって負担すべき責任の全部又は一部は消滅し、その責任消滅の効果は、その所有権がその後第三者に譲渡された後においても当然には影響を受けるものではないから、同条の規定により、原則として、右担保の喪失又は減少時における乙不動産の所有者(物上保証人又はその第三取得者)はもとよりのこと、乙不動産のその後の譲受人も、債権者に対して同条に規定する免責の効果を主張することができる、と解する点は多数意見と同様である。しかしながら、乙不動産の譲受人がその取得当時、右担保の喪失若しくは減少の事実を知り又は知り得べかりしとき(乙不動産の共同担保目録中、甲不動産に関する部分の抹消登記が経由されているときは、当然担保の喪失又は減少の事実を知り得べかりしときに当たる。)は、右譲受人は、右担保の喪失又は減少があったことを前提にして取引に及んだものとして、民法五〇四条に規定する免責の効果を主張することができないとするのが衡平の理念に合致するから、このような譲受人は、債権者に対して同条に規定する免責の効果を主張することができないと解するのが相当である。また、このように解さないと、債権者は、右譲受人から同条所定の免責の主張をおそれる余り、いつまでもいわゆる過剰担保の抱え込みを続けることを余儀なくされ、ひいては担保物件の有効な利用にも支障を来すことになる。

これを本件についてみるに、日本開発は、品川物件につき確定判決を登記原因として前記否認の登記を経由し、抵当不動産の第三取得者となったものであるところ、被上告人が、昭和五一年一二月二一日、品川物件と共同担保の関係にある渋谷物件の抵当権を放棄した結果、日本開発は、これによって本件抵当権につき渋谷物件から償還を受けることができなくなった金額の限度においてその責めを免れたことになるが、その後、品川物件の所有権を取得した上告人が右免責の効果を主張することができるか否かについては、上告人の右取得当時、上告人が右渋谷物件の抵当権放棄の事実を知っていたか否か又は知り得べかりし事情があったか否か(品川物件の共同担保目録中、渋谷物件に関する部分の抹消登記が経由されていたときは、当然右抵当権放棄の事実を知り得べかりしときに当たる。)によって結論を異にすることになる。

してみると、これと異なり、上告人は被上告人が渋谷物件の抵当権を放棄した後に共同担保の抵当不動産である品川物件の所有権を取得したものであるから被上告人に対し当然に右免責の効果を主張することができない、とした原審の判断は、民法五〇四条の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、この点の違法をいう論旨は、理由があることに帰し、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、前記のとおり、上告人が品川物件の所有権を取得した当時、渋谷物件の抵当権放棄の事実を知っていたか否か又は知り得べかりし事情があったか否かについて原審に更に審理を尽くさせる必要があり、右放棄の事実を知らず又は知り得べかりし事情がなかった場合に、初めて多数意見と同様に、原審において、本件免責の有無及びその額について審理をする必要が生ずることになる。以上の理由により、原判決を破棄して、本件を原審に差し戻すのを相当とする。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

上告代理人三神武男の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

次の通りである。

一、従来の解釈並びに裁判例

民法五〇四条を、抵当不動産の第三取得者の様な期待権(債務を支払って求償を得ようとの期待)の無いものを保護し、債権者に不当な拘束を加える規定と解するのは公平の理想に反する。

そこで本条は、債権者の注意義務を定めたものではなく、抵当不動産の第三取得者たる法定代位者に何等の権利を与えたものでないと、解釈されてきている。

裁判例は、担保減少後に担保物を取得した第三取得者については、本条(五〇四条)の適用がなく(長崎控、明治四二年六月一八日聞五八七、一一)、又民法五〇四条に依れば、代位を為す可き者は、同条所定の範囲内に於て、唯責任の免脱を得るに止まり、債権者に対して、一定の行為若しくは不行為を要求するを得るものに非ず。

又、債権者は、代位を為すべき者に対し債務を負担することなく、唯免責の部分につき其権利を行使するを得ざるに過ぎざれば、免責の利益は債務(債権の誤植か。)に非ず。従って、譲渡の目的となる可きものに非ず(長崎控、明治四二年六月一八日聞五八七、一一)とされる。

原審判決は、全く以上の解釈に従い裁判例を踏襲したものである。

二、この解釈は次の二点で困難を生ずる。

(1) 民法五〇四条の免責を受ける抵当不動産の第三取得者が途中死去し、その相続人が民法五〇四条の免責を主張し得るか、ということである。

常識は、相続人に免責の主張を認めるべきである。相続人は、民法五〇四条の免責の効果を相続しないとは認め難いのである。

(2) 抵当不動産の第三取得者も千差万別であることは、本件の日本開発建設株式会社や上告人の地位を憶えば一目瞭然である。

上告人、及び日本開発建設株式会社は、正当なる所有権を回復した者で、抵当権者たる債権者におとらず保護すべき対象である。

民法五〇四条は、正当なる所有権者を止むを得ない抵当権実行により受ける被害を、救済すべき一個の手段たる法条として利用出来るものであり、斯く解釈運用されてこそ関係者間の関係は具体的妥当性を有し得る。

上告人は、法定代位者として民法五〇四条により免責を主張し得る日本開発建設株式会社の特定承継人である。

而して、民法五〇四条の免責を主張し得る第三取得者の一般承継人が、当然民法五〇四条の免責を主張し得る様に解さねばならぬことは前述した。

一般承継人に認められる免責の効果を主張する権利は、抵当不動産の所有権を承継したことに基因し、特定承継は所有権の移転に於て全く一般承継と差異なく、当然特定承継人に民法五〇四条の免責を主張する権利が移転するものと考えるべきである。

然らざれば、特定承継のあった場合、民法五〇四条の免責の効果を主張する権利は、特定承継とともに譲渡人に対しては消滅し、譲受人は権利を取得せず、債権者は理由なく有利となるからである。

三、従って、民法五〇四条は、同条所定の法定代位者に免責の効果を主張出来る権利を与えたもので、此の権利は、抵当物の所有権の譲渡とともに新所有者に移転するものと考えなければならない。

此の点に於て、原審判決は、法定代位者に譲渡出来るが如き請求権は発生しないことを理由として上告人の請求を棄却したものであるから、此の点原審判決は破棄されるべきである。

四、猶、民法五〇四条による法定代位者の免責の利益を主張出来る権利は、抵当物の所有権の譲渡に伴い、当然新所有者に移転すべきものと解されるが、仮に然らずとしても、本件の場合、破産管財人はこの権利を上告人に譲渡し、上告人はこの権利を行使し得るものと考えられる。

ところが、原審判決は、法定代位者(日本開発建設株式会社)が譲るべき利益又は権利は何もないことを理由に、この譲渡の事実を否認している。

しかし、民法五〇四条に法定代位者の免責の効果を主張する権利を認めるとすると、その権利の譲渡を認めなければならない。

なるほど、上告人と日本開発建設株式会社との和解条項の明文に、その民法五〇四条の利益譲渡の規定がない。

しかし、破産管財人の被上告人に対する行動(抵当権抹消登記請求訴訟の提起)、和解条項中の上告人に対する「破産管財人が将来損害賠償の為一切の協力を惜しまない」旨の文言等に照らすと、破産管財人にこの権利の譲渡について反対の意思は推測されず、かえって実行することこそ予想されるのである。

而るに、黙示の譲渡がある旨認定しないのは、採証の法則に反するものである。

原審判決は採証の法則を誤ったか、或いは、この譲渡の意思の確認の為の審理不尽の違法がある。

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